ベトさんドクさん分離手術25周年記念式典

2013/10/6

ベトさんドクさん分離手術成功25年記念式典のオープニング

@マジェスティックホテル in ホーチミン

報道メディア 一例

   

いつも僕の中に パネル展  @大和郡山音楽祭 "樂"

2012年10月27、28日

奈良県大和郡山市で開かれた、大和郡山音楽祭 "樂"にて

いつも僕の中に パネル展を開催

グエン・ドクさんからのビデオレターやオフィシャルミュージックビデオを上映

 

いつも僕の中に (Always Within Me)

邦題:いつも僕の中に  作詞 : 内本年昭 & グエン・ドク / 作曲 : 石若雅弥

英題:Always Within Me Lyrics : Mike Cafuta / Music : Masaya Ishiwaka

ベトナム題:Vì Một Thế Giới Đẹp Tươi   作詞 : Nguyễn Phi Hùng / 作曲 : Masaya Ishiwaka

 

いつも僕の中に - Ruth

 

Vì một thế giới đẹp tươi - Nguyễn Phi Hùng

ヴィモッテゾイデップトイ - グエン フィ フン

 

2012年 6月 ベトナム ホーチーミン市   -  ミュージックビデオ撮影

  

2012年 8月 ベトナム ホーチーミン市  - TV出演、孤児院 & 平和村訪問

 

 

 いつも僕の中に 

作詞/グェン・ドク、内本 年昭

作曲/ 石若 雅弥

 

オレンジの霧で枯れた森  僕らはつながって生まれてきた

父も母もそばにいなくて 苦しみも悲しみも分けあってきた

右へ行くか左へ行くか  心の中で言い合って……

世界に平和が続くように  僕らの悲劇が無くなるように

家族の笑顔が咲くように 君の声は 僕の中に

 

灰色の壁で暗い部屋  僕らを励ましに訪ねてきた

傷と弱み優しく撫でて  たくましく立つことを教えてくれた

命あるもの誰もが同じ  小さな勇気見守って……

心に平和が続くように  戦争がずっと無くなるように

自由と権利があるように  君の願い 僕の中に

 

僕らに降り注いだたくさんの愛  これから恩返ししたい

憎しみでなく許すことで手を取り合える そう信じて

 

世界に平和が続くように みんなの生命が輝くように

家族の笑顔が咲くように 君の愛は僕の中に 君の愛は僕の中に

 

 

 

 

 

【”いつ僕"との出会い〜今日まで】  by RUTH

 

 楽曲「いつも僕の中に」と、大阪府河内長野市立美加の台中学校の教諭である内本年昭先生との出会いは2011年の夏へと遡ります

ベトちゃんドクちゃんで知られるグエン・ドクさんが携わり、内本先生と美加の台中学校の生徒によって歌詞が書かれ、作曲家の石若雅弥さんが作曲を担当、Mike Cafuta氏によって英語のバージョンも完成されたこの曲。この音楽に心を動かされてこのプロジェクトへの参加を引き受けさせてもらうことになったのです。

何より強いのはこの曲のもつメッセージ性であり、それを最大限に活かすことがシンガーとしての私の役目。そんな想いでリハーサルとレコーディングへと挑みました。

その出来上がった英語バージョンをもとにベトナム語バージョン"Vì một thế giới đẹp tươi"が完成、ベトナム人歌手/俳優のNguyễn Phi Hùngさんが歌っておられます。

 

 2012年6月、ベトナムのホーチーミン市で行われたNguyễn Phi Hùng氏のMV撮影に私たち日本からのチームも参加。スタッフと出演者の総数は100名を超え、日本の真夏のような暑い中丸二日間かけて撮影を行いました。枯れ葉剤の影響を受け、障害を持って生まれた人達も多数出演しました。


 その時出会った素敵な女の子、タムちゃん。彼女は枯れ葉剤の影響を間接的に受け、産まれた時から両腕が短く、指も5本ありません。わたしは彼女と時を共にし、彼女が大好きになりました。何度もその手でわたしの手を握ってくれたときに、そこから伝わってくるものが溢れるようにあり、その度にわたしを強くしてくれました。とても夏が似合う笑顔と行動的な性格。もし同じ国に住んでたらベストフレンドになりたいタイプです。彼女の親友である女の子三人組はみんなドクさんが育った病院で育ちました。三人とも障害をもっています。彼女達は一緒に冗談を言い合い、笑いあって、前向きに現実を受け止めて生きています。1990年生まれの彼女に私は "人生とどう向き合うか" を教わった二日間にもなりました。

 ベトナムから帰ったその日、タムちゃんがオンライン上のチャットで喋りかけてくれました。その中、「いつか日本に行って桜を見たい」という彼女の言葉。わたしはそれから今も桜を見る度ににタムちゃんを重ね合わせます。そして、一緒にいつか日本で桜を見たいと願っています。

 

 2012年8月、枯れ葉剤のメモリアル月間であるこの月にまたホーチミンを訪れ、市民劇場、またタン ウイにてNguyễn Phi Hùng氏と"Vì một thế giới đẹp tươi"を歌唱し、この模様はベトナムの国営TVで生放送されました。

 

 またこの旅程中、枯れ葉剤による被害を受けて障がいを持って産まれた子供たちが暮らす孤児院なども訪れ、目を背けたくなる現実を目の前にしました。二世代目、三世代目とも続いているこの枯れ葉剤による被害。ベトナム戦争から何年もたった今こうなることは、当時誰が予測していたのでしょうか?そしてどれだけの人間がこの現在の実状を知っているのでしょうか?

 薄暗い部屋の中、天井だけを見つめて毎日暮らす一人一人の子供達の目には何がうつり、なにを思っているのでしょうか?


名前さえも知ることができなかったけど、私がしばらくそばから離れらなかった寝たきりの男の子がいます。4歳くらいでしょうか。仰向けになって部屋中に並べられている簡易ベッドの上で寝ながら日々暮らしている彼。手を握るとたまに握り返してくれます。低い音、高い音で声を出してみるとそれに若干の反応を示してくれます。小さい手はずっと丸く握った形のままで、彼はひたすら天井をみていす。視点はあわせられません。だけどそんな彼は、ほんのたまに笑顔を見せてくれました。彼は障がいをもちながらも、絶大な生命力でこの世に産まれてきました。彼は完全なる被害者です。産まれる前からこの運命にあった。彼のせいなんてひとつもない。彼は自分の人生の生き方を自ら選択してもいないです。私は健康に生まれてきました。だけど、彼のように立派に毎日を生きられているのか?彼は何を望んでいるの?こんな世の中でごめんね... 本当にいろんな想いを巡らせながら、しばらく彼の手から離れられませんでした。その子の手を離してしまったら次は誰がこの子の手を何分も握ってあげられるのだろう?(孤児院は個人や寄付での資金により運営されており、スタッフの数も足りていない)この子達の前で泣くことはいけない、と溢れそうな涙を止めることしかできませんでした。それがそのときのわたしにできる唯一の小さな小さなアクションでした。

 

 はじめに内本先生のこのプロジェクトでの歌唱を依頼された際、正直わたしには戸惑いがありました。枯れ葉剤のことや戦争のことについて私には知識がなさすぎる。そんな私にこの大役がつとまるのか?何度と重ねる内本先生との会話の中、わたしの想いは確信に近づいていきました。そして今こうして、この曲に出会ったことで私がこの曲に成長させられています。そして、これからも一緒に生きていきたいと思います。

 

人はみんな同じ人間であり、他人の命を奪う権利は人間の誰にもない。

人間は生き返ることはできないし、人生をもう一度やり直すことも出来ない。

 

 

2011年11月 産經新聞
2011年11月 産經新聞紙面
2011年11月 産經新聞紙面

 

 

2012年8月6日 ベトナムの新聞 Tuoi Tre 

2012年8月6日ベトナムの新聞 tuoi tre紙面
2012年8月6日ベトナムの新聞 tuoi tre紙面

 

2012年9月4日 朝日新聞

Asahi News Paper
2012年9月4日 朝日新聞

 

2013年10月7日 ベトナムの新聞 Tuoi Tre 

現地新聞